[4月に発送した便りです]
学びラボ ロボット教室の生徒はみんな知っているけれど、はじめたての人や来ていない人が知らないことは、
●「学ぶ」とは、教えてもらうことではなくて、自分から理解しに行くこと。
●ロボットを作るときにやっていること。
①テキストにはロボット作りのすべてが書いてあるのでじっくり読む。
②順番に考えて、一つ一つ試して、自分の知識や能力を積み重ねていく。ロボットの動きの順番も考える。「適当に」では作れない。
③式を計算することが苦手でも逃げない。国語、算数・数学、物理(理科)が必要。
④簡単にできることだけをやっていないで、少し難しそう・面倒そうに見えて避けていたことにチャレンジする。楽しむ。
【話題のAIは高校生以下は使えません】
ChatGPT(チャット・ジーピーティー)が最近話題になっています。
AI(人工知能)は以前からあり、チェスや囲碁、将棋の世界では人間よりはるかに強くなりました。SiriやAlexa、OK Googleなど、質問して答えたり、実行してくれるAIも今では普及しています。
ChatGPTは何が違うのでしょうか?
これまでのような一問一答ではなく、会話で前の質問をより深く理解し、本当に求めている答えを自然な言葉で出してくれるようになったのが違っています。
AIとの会話は、Siriなどの前から研究されていました。会話の途中で関係ないセリフを言うのは人間同士の会話でもあるので、「AIとの会話」っぽいことはできていました。戦場から戻ってきた米軍兵士へのカウンセリングにも使われていました。
チェスや囲碁、将棋は、駒や石の動かし方のパターンが決まっているので、CPUとメモリ次第で、何億通りになったとしても数十手先を計算して最善手を考えてくれます。これまでの開発競争で、勝つ手を探すフローチャートと実際のプログラミングの技術が格段に上がったのでしょう。
私は開発に関わっていないのでわかりませんが、チェスや囲碁、将棋で人間に勝つAIを開発しているうちに、AIの能力が格段に上がってコンピューターが人間と自然な文章で会話できるくらいの性能になり、AIと会話を続ける仕方を発見した人が発表して、誰もが使える形にして、今のブームになったのだと見ています。対話型AIは単なるブームではなく、消えて忘れられることはないでしょう。いろいろな分野で役に立つ答えを出せることがわかってきたので、さらにいろいろな形で使われるようになるでしょう。
さらに、ChatGPTの文章は上手で、ことばづかいのおかしさを感じることはありません。
手紙、はがき、学校のテストの回答の文章など、人間が書いたことばにはどこかにことばづかいのおかしさが残ります。迷惑メールや海外で製造した製品の説明に書かれている日本語のおかしさにもすぐ気づきます。これからは、ChatGPTなどを使って、普通に読める自然な日本語になることでしょう。
[ChatGPTでできること]
私が限界まで使いこなしていないので、調べたことやChatGPTに質問した答えを書くことになります。なので、「~ようです」「~そうです」の言い方になります。ご了承ください。
専門に特化したAIだと、翻訳、要約、宣伝するときの文章書き、プログラミングなどをするものがあります。
ChatGPTは、これらを一通り結果を出してくれますし、自然な言葉で対話できるものです。現在のところ13か国語で使えるようです。日本語に質問の答えがない場合でも、ほかの言語から翻訳する場合もあるそうです。
以下、ChatGPTができることをいくつか挙げます。
・インターネット検索と同じことをする。
・たとえば坂本龍馬のデータを教えて、坂本龍馬として会話してもらう。学校の先生やアインシュタイン、聖徳太子など何にでもなってくれる。
・学校の先生になってもらって、勉強のわからないところをわかるまで教えてもらう。
・読書感想文を書くための家庭教師になってもらう。
・キャッチコピー、安全標語など、100個以上挙げてもらう。
・仲直りする方法を一緒に考えてもらう。
・自分が考えるときのディスカッションの相手になってもらう。
・人に言うのが恥ずかしいことだけれど、誰かに聞いてもらいたいときの聴き役になってもらう。
・プログラムやコマンドを教えてもらう。
・六法全書などあらゆる法律と裁判の判決文などを記憶させて検索する。
など。
ただし、答えてくれるのだけれど、情報が古かったり、インターネットに誰かが書いたものをそのまま持ってきていたり(著作権侵害)、まるっきり嘘のこともあるので、そのままでは使えません。文章が自然なので信用したくなるのが困ったところです。
ヘイトスピーチから持ってきたりすることがあります。個人の名前が出てくるときには有名人でも嘘のことがあったり、架空の人物の場合もあります。ほかに、病気の名前や団体名など、「物の名前や固有名詞は全て嘘かもしれない」と思いましょう。自分のことを質問すると、どれだけ適当に答えを出しているかわかります。
ですので、ほかの人に話す前には、ほかの方法で事実か調べてからにしましょう。
ロボット教室に来ている人にはまだ関係ない話ですが、企業秘密など「秘密のこと」を書くと世界に情報が広まる可能性があるので注意しましょう。
[ChatGPTは18歳以下は使ってはいけません]
勉強にも使えるのでとても役に立つのに、ChatGPTは18歳以下は使っていけないことになっています。なぜでしょうか?(13歳~18歳未満の人は、親などの許可があれば使えます。法律で禁止ではなくて、OpenAI社の利用の決まりで年齢制限されています)
端的に言うと、「考えること」を練習して身につけなければいけないときに、「(正しいことが確実でない何かの)答えが得られる」のが具合が悪いと判断したのだと思われます。
どういうことかというと、大人にもそういう人が多く、ロボット教室でも見かけるのですが、
「どうしたらいいですか?」
と質問して、練習題の回答欄に書く「途中の計算式などの正解」を教えてほしい人がいます。
「式がダメなら計算の答えだけでも」という人もいます。「(少しも考えていないのに、何かの)答えが得られる」のは良くありません。
「答えらしいものがあったらそれでいい」
のではダメですね。
※「どうしたらいいか?(How)」ではなくて、「何をしたらいいか?(Why~What)」です。
「何をしたらいいか?(Why~What)」に自分で気づかないと、答えの欄にそれらしいことを書いても意味がありません。
その答えが正しいか間違っているか判断できないですし、
「考えること」を練習するというか、「自分の頭を使って教科書やノートを見返しながら答えを出していく」練習をしなくなります。
答えが出れば満足して次に行きますし、その答えを説明できないだけでなく、責任を取れません。
勉強は、「やりたいことをやる」ための実力をつけるための「知識を得ること」と「練習すること」です。
それはなぜかというと、「やりたいこと」のためには、
「自分で考えて結果を出す(方法を考えて選ぶ)」だし、
「その方法を自分で実行して」
「結果の責任を取って」
「次にやることを考える」のが必要だからです。
(子供などがのめり込んで はまっているゲームでは、これをやっています)
学校でも、ロボット教室などの習い事でも一緒です。
自分がやりたいことを、自分で考えられなくするAIを使っていけないというのは、「使いたい」という人が使い方を習う場所がまだないので禁止しているのです。
[禁止の理由をもう少し詳しく考える]
インターネットで調べて、検索結果の一番上だけ見て終わらせる人がいます。大勢います。
その結果が正しいか、間違っているか、フェイクニュースか調べず、考えず、自分が求めている質問の答えかどうかも判断しないこともあります。
なぜそうなったか聞いても、「わからん」と答えることがあるようです。
大学の授業やゼミの課題も同じことが起こっているようです。求めている答えがインターネットで調べた次のページにあっても確認していないし、同じページの3つ目にあっても気づいていないことがあるようです。
人は楽をしようとするものです。どうしようもない事実です。
失敗したり、間違って怒られたり、恥ずかしい思いをしたくないものだし、あとで自分の責任を追及されなければ、とりあえず何か答えらしきものを出せばそれでいいようです。言ったら怒られるので言わないけれど、「(学校で)勉強したくない」「テストの点数をそれほど取れないのにテストなんて受けたくない」も本音でしょう。
学校の勉強については、「自分のために勉強する」という「自分がやりたいこと」を一人一人が正直に、素直に考える機会がないのが問題です。進路相談で「君はどうしたいですか?」と先生が質問することがあるでしょうが、簡単に答えられるようなら答えはわかっています。また、「ゴチャゴチャ考えていないで、やらなきゃいけないことをとっととやれ!」という大人が多いことでもあるのですが、それらはまた別の機会に。
自然の法則の話です。
水は、低いところを探して流れます。
ロボット教室らしい話では、針金と抵抗と電池で回路を作るとき、直列(まっすぐ順番)につなぐとすべてに電気が流れますが。並列(針金と抵抗の端を電池の同じところにつける)だと針金だけに電流が流れます。火花が出たり、やけどするくらいにとても熱くなります。
階段とエレベーターがあったら、太り気味で運動したほうがいい人でもエレベーターに早く乗れるよう扉前まで走ります。
水や電気と同じように、人間も楽な方を選びます。だから、ChatGPTだけの問題ではありません。楽をしようとするのも人間の技術発展の動機になるので、悪いことではありません。
[それでもChatGPTを使えた方がいい]
人間が楽をしたがるのは仕方がないことです。ChatGPTのような便利なものを使わないでおくことは不可能です。日本で完全に禁止しても、ほかの国で使うかもしれませんし、年齢で嘘をついて使う人もいるでしょう。
そうだとしたら、学校の国語の時間で習って使えるように勉強したらいいだけです。「欲しい答えを出すための質問の仕方」があります。「ChatGPTへの質問の書き方」は「国語の時間」で教えられます。
・まずは答えてもらって得たいことや目的をはっきりさせます。(何を知りたいか?最低限何を知りたいか?)
・そのために、どんな情報を伝えたらいいか考えます。(相手に何をしてほしいか?どういう条件の時の答えが欲しいか?自分は何をわかっていて何をできるか?など)
・相手がわかるように文章を構成します。
・人間相手と同じようにていねいなことばづかいをしたら、ていねいに答えてくれたという話もあるので、ていねいなことばづかいにします。(命令ではない、相手を尊重した言い方)
そして、出てきた答えをどのように理解して使うか、練習して経験を積む必要があります。
世の中には、「ChatGPTって嘘ばかり。信用できない」と言う人もいますし、子供は特に「結局、正解は何?」と言う人も多くいます。
でも、ChatGPTは正解を教えてもらうために使うのではありません。自分のアイディアを広げて、チェックした方がいい視点の見落としを探すためのものです。自分の調子が悪くても、うっかりが多くても、調子がいいときの頭脳を思い出させてくれるものです。
最近40年くらいの間に、パソコンが使えるようになって、手書き文字が汚い人が文章を書くことが楽になり、書類を再利用しやすくなったり、住所録の管理が楽になりました。ほかにも、スマートフォン、ガスコンロ、水道、鉄道など、今までトラブルもありましたが、これらがないと生活ができません。
ChatGPTも同じように、未完成さや不具合も、いろいろな工夫で使う場面が増え、馴染んでいくことでしょう。
ロボット教室でも何かしら取り入れたいなあ、と夢想しています。
(学びラボ 若狭 喜弘)
comment closed