
ロボット教室には小学校高学年〜中学生が通ってきてくれているので、入試は避けて通れません。
特にC言語でプログラミングをするロボット教室に通ってくる人には学校の成績が良い人が多く、受験時に力を発揮できるように、本人、家族の方と調整するのが常でした。
うちは世の中に多くある、受験のための塾ではないので、勉強の意味といった余計なことをお伝えしてきました。
改めて、役立つ人もいるのではないかと考え、書くことにしました。
進学先の選択肢の考え方を緩めてはいかが?
という提案です。
高校受験の進学塾のイメージ
高校受験の進学塾って、実のところ私はよくわかりません。
勉強するのも大事だし、
試験のために集中するのも大事だし、
入る学校によってその先の選択肢も変わってくるし、
どんな友達と出会うのかも大事なのはわかるのだけれど、
高校受験の進学塾に通う意味はよくわからないのです。
なので、デフォルメして言うと、
逆に言えば高校受験の進学塾は、
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受験先を決めるアイディアと基準を示す
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ベースとなる基礎学力を身につけさせる
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可能そうなら「回答の仕方」ではなく、理由や関連性を深く理解させる
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テスト時間内に回答するための技術をつけさせる
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偏差値が高い学校に合格しそうならそのレベルの回答技術をつけさせる
といったことをやっているように思います。
「学校に合格するため」に通っているので、やっていることに間違いはありません。
受験の効能
最近の受験事情の生々しい話を私が知らない為でもありますが、
そうは言っても、かつての大学受験並みに塾が中学生を追い込むなあ、と感じてしまいます。
それでも、中学校での進路指導で安全圏でないと判断される場合は、合格のための試験対策は必要ですが。
子供自身が決めた目標に、精一杯取り組むのは、とても大事です。
期限があった方が、多少は無理できて、「あともう少し」ができます。
その結果、入試のための学力がアップし、自分の殻を破って自信を持ついい機会になります。
難しいことですが、結果を自分で引き受けることを当然のこととして、決めて実行することを応援する姿勢を示したいものです。
学校生活の意味
高校など学校は、友達作りや部活が大事というよりも、勉強が大事だとは考えますが、
将来の何かに気づいたり、人間関係を得たりと、「目的を持って得る」以外で何かを獲得する時期です。
どこのコミュニティに入るかも、大事です。
(これを目的とするのもいやらしい考えですが、事実としての話です)
大人がどのようにサポートするか
塾の進路指導は、さまざまな情報、経験を背景にしたものもあります。
学校の進路指導と合わせて考えられれば、セカンドオピニオンとして、これまで見ないふりしてきたことに気づかせてもらえることもあるでしょう。
もっとも、塾としての善意での思惑もあるでしょうし、功名心もあるでしょうから迷ったり、困惑したりといったことがあるかもしれません。
昔々は、学校の先生の進路相談しかなく、
地域によっては私学や高専(高等専門学校)、越境入学の選択肢もなく、
県立高校の中からどこを選ぶかしかなかったので、
選ぶのに悩むこともなく、シンプルではありました。
だから今は、お子さんにアドバイスしたい、強く勧めたいと思っても、
選択肢が多くあって、何が適切なのかわかりません。
本当はやり直しも、方向転換も自由にしていいはずなのですが、
その時には1つしか選べないので、失敗したくないと悩むことになります。
こんな時に何を大事にするかというと、
お子さんがよく考え、きちんと判断し、努力しているなら、
お子さんの運の強さと、人生を切り開いていく力強さを信じる
ことかな、と考えます。
そのためには、
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「親として、○○、○○までは想定していて、支えてあげられる。それ以外でも、相談してほしい」と伝えること
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相談できる環境を、親、学校、塾などで整えてあげること
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お母さん、お父さんともに相談できる場所、不安を語れる場所を持つこと
また、家庭によっては、
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「大学までの学費と生活費は出してあげるけれど、それからあとは家を出て自活しなさい。学校は、そのための準備と考えなさい」と伝える
ところもあるようですね。
ご家族は応援するスポンサーとして、いろいろ考えてしまうのもわかりますが、子供本人の判断がすべてです。
子供のやる気を出させようと、
子供に命令したり、
叱りつけたり、
宥めたり、
すかしたり、
おだてたり、
つったり
してやる気を出させようとしてきました。
つい大人は、「相手は子供だからコントロールしてあげないと」と、思ってしまいがちのようです。
子供のことであれば、やる気を出すのも、判断も、すべて子供次第です。
「小手先で」というと怒られそうですが、何かアクションしたことで、すぐに、その場で、相手の反応が自分の望みの通りになるのを、結果も望み通りになるのを人は求めてしまいがちです。
人は待てないし、不安や心配は即座に解消したくなるものです。子供に目に見える形で結果を目の前に出させたい、納得させてもらいたい、と思うものです。
これだけ読むとかなり身勝手な言い分に見えますが、人は多かれ少なかれこの発想を持っています。
「子供に愛情を持って育てている」という人はより濃厚かもしれません。
もし、「子供が未熟だから」なのであれば、未熟なままでいさせたのは大人の責任です。
何より、「未熟」や「成熟」とはどういうことでしょうか。
悲しいかな、他の人が経験していても、自分が経験していないと学びません。経験するしか無いのです。
経験するためには、まず子供が判断してこそです。
改めて。
ご家族は応援するスポンサーとして、いろいろ考えてしまうのもわかりますが、子供本人の判断がすべてです。
大人はそれをサポートするだけしかできません。



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